精密な手作業が求められる製造工程を担い、大手メーカーの下請けとして長年実直に仕事を続けてきた町工場。しかし、気づけば取引先は2社のみに集中し、価格交渉は何年も行われていなかった。
最低賃金や資材費が上がっても、単価は据え置きのまま。経営者一家が“ほぼ無給”で支える限界構造に直面し、「このままでは資金が尽きてしまう」と危機感を抱いた。
手探りで交渉を始めたものの、現実は甘くない。「こうした要望は御社だけ」「生産性が低いのでは?」と突き返され、交渉の方法すらわからない。
——そこで、藁にもすがる思いで支援機関「みえビズ」の扉を叩いた。そこから始まった、“数字で語る”改革の軌跡とは。
どのような相談をしましたか?

当社は、大手企業の製品に組み込まれる部品の加工や仕上げ工程を主に担っており、機械では対応できない手作業や微細な調整に強みを持っています。かつては取引先も多数ありましたが、ここ十数年で実質的に2社に依存する構造となり、価格交渉はずっと行われていませんでした。
その間、最低賃金や労務費、電気代、原材料費が上昇しても、取引価格は据え置きのまま。交渉の場すら設けられず、以前こちらから値上げをお願いした際には「御社だけですよ、そんなことを言ってくるのは」「そもそも御社の生産性が低いのではないか?」と、事実上の“牽制”を受け、価格交渉はすぐに打ち切られていました。
交渉のノウハウもなければ、数字の裏付けもない私たちにとって、そのやりとりは大きな心理的打撃となりました。「もう、値上げの話はしてはいけないのかもしれない」とすら感じるようになり、その後はただ黙って言われた通りに仕事をこなすしかありませんでした。
しかし、家族が無償に近い状態で深夜まで働き続ける日々に限界が訪れました。改めて資金繰りを試算してみると、近い将来に現金が底をつくことが明らかに。いよいよ「このままでは会社が潰れる」という現実を突きつけられました。
値上げが通らなければ倒産する——。とはいえ、自力でどう交渉を進めていいのかまったく分かりません。そんな中、金融機関から紹介されたのが「みえビズ」でした。専門家の支援を受けながら、一から交渉の準備を始めることにしました。
どのような助言を受けましたか?

最初の助言は、「まず数字で現状を把握することから始めましょう」というものでした。製品ごとの利益や損失は見えておらず、なんとなく「この仕事は割に合わない」と感じながらも、それが赤字かどうかも分からないまま走り続けていたのです
そこで、工程ごとの作業時間を測定し、時間単位でかかっているコストを算出。そのうえで、「どの製品が、どれくらいの時間・人員を要し、実際いくら利益が出ているのか」を一つずつ“見える化”していきました。
ここで明らかになったのは、「ほとんどの製品が赤字」という現実です。会社が“続いているように見える”のは、家族による長時間・低賃金労働で数字を埋めているからであり、ビジネスとしては成立していない案件が多数あるということでした。
また、交渉にあたって法的な裏付けも重要だと助言を受け、下請法や公正取引委員会のガイドラインなどについても学びました。「これを主張しても大丈夫なのか」「こんなことを言ったら関係が壊れてしまうのではないか」と悩む場面もありましたが、支援者と話し合いながら、「これは正当に主張できることだ」と自信を持てるようになっていきました。
さらに、「相手がどんな反応をするか」を想定したうえで、「それにどう返すか」まで一緒にシミュレーションを重ね、事前準備の重要性も教えていただきました。
改善提案を受けて何をしましたか?

改善に向けて最初に取り組んだのは、「原価計算シート」の作成でした。加工にかかる人員・時間を細かく記録し、材料費・電気代・外注費・労務費・設備償却費など、あらゆるコストを漏れなく算出することで、製品ごとの損益が初めて明らかになりました。
次に、時間あたりのチャージ料(作業単価)を設定しました。従業員と外注それぞれについて、今後どの水準を目標とすべきかを検討し、「最低限これ以上でなければ会社として成立しない」というラインを定めていきました。
その数字をもとに、交渉資料を作成しました。単なる要望書ではなく、「このままでは短期的に資金が尽きる」「この価格にしていただかないと供給を継続できない」という事実を、決算書や資金繰り表を交えながら説明する形に仕上げました。
交渉にあたっては、専門家の指導のもと、「どの順序で、どのように伝えるか」「どこまで譲れるか」「相手からどう反論されるか」といった点を細かく検討し、家族内でも意見をすり合わせながら準備を進めました。
実際の協議では、「それは御社の事情ですよね」「このままでは他社にも示しがつかない」といった厳しい反応もありましたが、こちらも論点を整理しながら、「それは違う」「法的にはこう解釈できる」と一つひとつ冷静に返していきました。
その結果、従来の水準から一定の単価引き上げについて、先方からも譲歩を得ることができました。交渉内容はすべて記録し、議事録や覚書として文書化。今後、適正価格に向けて継続的に話し合いが行われることを前提とした“土台”を築くことができました。
支援を受けてどのように変わりましたか?

支援を受ける前は、「交渉なんて持ちかけたら、契約を打ち切られるのではないか」と不安でいっぱいでした。過去に値上げを申し出た際に、否定的な反応を受けたことが頭を離れず、自分たちは強く言える立場ではないと感じていました。
しかし、数字を根拠に状況を説明し、法律的な裏付けや業界の動向を調べたうえで資料を整え、交渉のシナリオを何度も練って臨んだことで、「まともな交渉の土俵」に初めて立てたという実感がありました。しっかり準備していれば、感情ではなく理屈と事実で話ができるということを体験として学びました。
もちろん、交渉には時間がかかりましたし、精神的にも苦しい場面が何度もありました。それでも、支援を受けながら進める中で、「交渉とは相手との対立ではなく、対話である」ということが腑に落ちたのです。こちらが誠意をもって丁寧に説明し、相手の立場も理解しようとする姿勢が、結果的に交渉を前進させる力になるのだと分かりました。
もし、今まさに「価格交渉なんて無理だ」とあきらめかけている企業があるなら、「本気で頑張れば、価格転嫁はできる」と伝えたいです。確かに簡単なことではありませんが、あきらめずに事実と数字に基づいて粘り強く取り組めば、相手にも伝わります。
私たち自身がそれを経験し、変わることができたので、ぜひ多くの企業にも勇気を持って動き出してほしいと願っています。
行動計画
適切な原価計算方法の理解と習得による、当社における原価および採算状況の 把握
管理会計の導入・改善- ① 原価計算のための基礎知識について説明を実施
「把握すべき原価の内訳」
「労務費、段取費の算出方法とレート計算」
「仕損費の算出」「管理費の算出」
「加工費の計算」
② 製品ごとの原価計算結果の算出
◇数量が出ている部品は黒字の状態
◇小ロット品は段取費用が高くなり、ほとんどの部品が赤字の状態
値上げ戦略、交渉方法の決定
価格転嫁- 決算書の内容、赤字が発生している根拠を説明して、必要な値上げ金額を合意する形で進める
【交渉方法】
①直近3期分の決算書を持参し、経営状態が厳しい(赤字の状況)ことを説明する
②以下の問題があることを伝える
・現状のままでは、資金繰りが破綻し、近いうちに倒産する可能性が極めて高い
・個人の資産を会社に入れて凌いできたが、限界が近い
・指定されている時間チャージでは賃金、外注費を正しく払うことができない
・段取費、管理費が価格に反映されていない
③部品供給を続けていくためには、値上げが絶対に必要であることを伝える
④借入金の返済が出来る水準の当期純利益が必要であることを伝える














